【担務(たんむ)】
意味は読んで字の如し、「組織において担当する職務の範囲、任務」といったことですね。
この単語を「初めての言葉」として掲げるのは何故かといいますと、テープ起こしをするうえで大変聞き取りづらい単語だからです。
「ターム」「タブー」「たむ」「たんぶ」
こんな感じに聞こえます。
「た・ん・む」とはっきり発音する人はほとんどいません。嘘だと思ったら、次の文章をふつーーに音読してみてください。政務三役になったある政治家の話をもとに、私が作文してみたものです。
「そうですねー、その当時、その組織編成の話に私はほとんどタッチせず、完全にAさんに任せていました。というのは、全体に担務が非常に多かったので、組織内では縦(ライン)でやるというよりはむしろ、横の分担をやっていた。ですから逆に、私がやっている話については実はほとんどAさんにはご相談をしませんでした。」
活字を読む限り、ごくごく普通の文章ですよね。どこか難しいところがありますか? という感じですし、たとえ「担務」という単語を初めて目にしたとしても、文脈から意味は類推できると思います。が、これを耳で聞くと、「たむが非常に多かった」とか「タブーが非常に多かった」とか、いろいろに聞こえてくるのです。ましてや、イントネーションが微妙に違っていて、「た」にアクセントが明瞭にない場合、あるいは、別の言葉を言いかけてから言い換えたりした場合など、自信をもって「担務」と充てるのはなかなか難しい。
こうしたコンテクストで、特に国政レベルでは「明確に定められた職務範囲」という意味で「担務」という言葉が普通に使われる、という予備知識がない場合、音の性質上、一生懸命聞けば聞くほどいろいろな音に聞こえてきて捉えにくい単語の一つかなと思います。
【プロボノ(pro bono)】
専門家がスキル・知識を活かして社会貢献する活動のことを、プロボノ活動といいます。
そういう活動をしている専門家をプロボノと呼ぶこともあるようですが、使い方はボランティアと似たような感じでしょうか。「ボランティア活動」、「ボランティア団体」といった雰囲気と同じように、「プロボノ活動」、「プロボノ団体」。
ボランティアをする人をボランティアと呼ぶこともありますけれど、基本は活動そのものを指す抽象名詞と捉えられるのが自然なようです。
wikiによれば、語源はラテン語で「公共善のために」を意味するpro bono publicoの略、とあります。一般のボランティアとの違いは、専門家がその「職能」を活かした活動であること。専門性が非常に高いことが特徴です。
アメリカの弁護士会、欧米系企業などでは、ある一定の時間をプロボノ活動に費やすことを承認あるいは推奨しているところがあるようで、たまたまあるインタビューの中でこの言葉が出てきたのでネットで調べてみました。
その際に見つけたこちらの記事が参考になります。
「日経Bizアカデミー」
知らない言葉は聞こえません。この単語、知らなかった場合、意外と聞き取りづらそうです。「プ・ロ・ボ・ノ」と区切って発音したりしませんし、滑舌の悪い方だったらきちんと発音できそうもないですし。
【寝る】
国会シリーズです。
国会は与野党の対決の場でもあります。法案を通すか通さないか、最終的には採決をするわけですが、そこに至るまでに戦いがあります。国会審議の場で見えるのは、さまざなま調整や駆け引きが終わったあとの姿であり、ほとんどはその前の段階(それが長いのですが)でやりとりされているのが実態です。
ほとんどの法案が、採決の段階で可決されるべく事前に(主に国会対策委員会、議院運営委員会等で)調整されるわけですが、その調整が不調に終わった場合、議事妨害の手段として「審議(審査)拒否」という方法がとられることがあります。
その法案の内容あるいは手続きその他に納得できない政党が、党員に党議拘束をかけることによって「審議(審査)拒否」は行なわれます。通常、野党によってとられる方法ですが、野党が多数を占める議院あるいは委員長が野党議員である委員会では、与党が行なうこともあります。つまり、一般的に採決では不利な少数派がとる戦術ということになります。
審議拒否で本会議または委員会に複数の議員あるいは委員が欠席したとしても、定足数を満たしていれば、反対政党議員(委員)欠席のままで単独審議(審査)、採決することも可能です。しかし、それでは国会の存在意義そのものが問われますし、マスコミの批判もありますから、通常はそういうことはしません。
この審議(審査)拒否のことを「寝る」「寝てしまう」と言うのです。ふて寝っぽい感じがして、語感としてはかなり笑えます。予想されると思いますが、審議(審査)を再開することを「起きる」と言います。
審議(審査)拒否が続くことを「国会空転」といいますが、そうなると国会の会期内に重要法案が審議できなくなっていくおそれが生じます。
このほか、議事妨害の手段はいろいろありますが、私が個人的に印象的なのは「牛歩戦術」ですね。大の大人がねー(笑)。wikiで調べたら最長記録は13時間超だそうです。
-----
「テープ起こし」という言葉はもはや死語に近い気がします。カセットテープ、使いませんものね。「起こす」からには、「録音されたもの」は「寝て」いるのでしょうか(笑)。文字起こし、テープ起こしの仕事というのは「寝た子を起こす」仕事なのか? なんて思ったり。独り言です……。
【ふしん】
まずは辞書を引いてみましょうか。同音異義語が多数ありますねー。
不振 不審 不信 腐心 普請 浮心 負薪
今回の【ふしん】は、例えばこんな感じで出てきます。(作文しています)
---------------------
A この案件は、大臣時代、どなたと最もよく相談されましたか。
B そうですね、あの人、顔はよく覚えているけど、名前が思い出せない、えーと……。
A どこの役所の方ですか。財務省? 内閣府?
B えーとね、ポストは【ふしん】です。
A あ、その時期の【ふしん】ですと、○○さんですか?
B あ、そうだ、○○さんだ。
---------------------
こんな感じで【ふしん】が出てくれば、役所のあるポストをあらわしていることはわかりますね。では、正解を言いますね。
ふしん = 府審
です。役所特有の略称で、略す前の正式な役職名は
内閣府審議官
のことです。
内閣府審議官をWikiで見ると、このような説明がありました。
「内閣府審議官 (ないかくふしんぎかん) は、国家公務員の役職の一つである。内閣府の官僚においては内閣府事務次官に次いでナンバー2のポストであり、いわゆる次官級審議官職の一つ。2006年現在の定員は2人。」
この語彙を必要とする人が、官僚、政治家、研究者以外にいるともあまり思えませんけれど(笑)。
【デマケ】
霞が関ジャーゴンです。その他のところで使われるケースがあるのかどうかわかりませんが、霞が関ではごく普通に使われます。霞が関ジャーゴンって英語発のものがわりあい多くて、外の人間としては鼻白むものも結構あるのですが……。
デマケは、【デマケーション(demarcation)】の略です。
それじゃ、デマケーションとは何ぞや? ということですが、一般的には「境界区分」といった意味です。
で、霞が関で「デマケ」が使われる場合はどうかというと……
「業務分担」という意味に使われることが多いと思います。
ちょっと作文してみます。例えば……
---------------
「この案件のデマケをするのは、どのあたりの役職の方の責任になりますか?」
「この案件あたりですと、やはり課長ですね」
「局長には上げませんか?」
「通常、局長ではなく課長に任されます」
---------------
みたいな感じでしょうか。使い方は普通ですね。しかし、霞が関における「業務分担」とは、決して個人同士のやりとりで軽々しく踏み越えたり変更したり、勝手な判断のもとに決定されたりすることはありません。責任の所在、所管は大切です。「デマケ」は「縄張り」と裏腹というか同根の言葉ですね。
官僚は、何らかの法的根拠、文書上の根拠に基づいた行動をしていれば、積極的であるか消極的であるかといった批判はあり得ますが、非はないわけですし、責任を追及されることもありません。根拠の有無が重要です。
省内、局内レベルのデマケは、「我が局」同士の争いになりますし、省をまたげば「我が省」同士の対決になりますから、積極的に取り組みたい案件であっても、できれば避けたい案件であっても、その折衝は非常に重要です。積極的・消極的な縄張り争いの結果、どうしてもどこか一つの省に落とせないものは内閣府に……という傾向もあるようです。
霞が関では予算と人事がすべてを決します。他省庁とのあいだで(あるいは財務省とのあいだで)ギリギリと陣地合戦、予算分捕り合戦をしなければならないのが霞が関の世界です。予算がつかないものは始められません。そして、「業務→人→お金」と関連しているわけですから、「ちょっとおたくの○○君を借りるね」とか「ちょっとおたくよりうちの分担を増やしてね」なんていうこともなく、人の貸し借りもすべて原則として予算の下になされます。ある省のある部局の人数を変えるだけでも法律改正が必要になりますし、法的根拠のない人事には給料が出ません。そんなときに「手弁当」という言葉が出てきます。(これについては別項目として書く予定です)
有能な官僚の方は大勢いますし、ものすごくハードに働き、有意義な仕事を日々しています。しかし、そうした優秀なリソース(この言葉も官僚の人は好きかも)が、境界区分争い、予算捕り、といった他省庁との覇権争いにどれだけ多く割かれているかを仄聞するにつけ、官僚制度全体で膨大なエネルギーが内向きに消費されているように思えます。予算折衝の重要性は理解できますが、その非生産性を残念に思います。
【ほしつ(補室)】
音が聞き取れた場合は、例によって辞書を引いてみます。
保湿
あ、一つしか出てきません。
ここでご紹介しようと思っている「ほしつ」は、永田町・霞が関方面の略語です。
補室 = 内閣官房副長官補室
内閣官房にある組織の一つです。
内閣官房副長官ではなく、内閣官房副長官補 のいる組織のことです。
内閣官房副長官補は3人います。
では、内閣官房とはなんぞや。内閣府とは違うのか? などなど、わかりにくいことはたくさんあります。しかし、実際にその職場、職務の人が日々どんな仕事をし、どんな役目を果たしているのか、というのは、官庁に限らず、民間でも、外からははかりしれないことが多いです。官庁の場合、正式な所掌事務等については法律等によって定められているので、表向きの役割は民間よりも明確だ、という言い方もできます。
歴史的な経緯をいうと、橋本内閣が進めて、森内閣になって実現した中央省庁再編により、内閣内政審議室、内閣外政審議室、内閣安全保障・危機管理室の3室が廃止されてできた「室」です。縦割り行政の弊害を廃し、横断的な行政を実行することを目的の一つとしていたようですが、3人の副長官補の役割分担は、内政担当(財務省出身者)、外政担当(外務省出身者)、安全保障・危機管理担当(警察庁・防衛省出身者)となっており、3室時代の流れを踏襲しています。
そして、この補室がどのような案件にどのように具体的に関わるのかというのは、外からはまったく見えてきませんが、オーラル・ヒストリーの中では、「ああ、そういうときにそういう働きをするのですか」といったことが初めて具体的にわかることがあります。オーラル・ヒストリーには、人間の具体的な動きを見せてくれるという役割があると思います。
テープ起こし者は、同席してお話を録音し、それを文字化・テキスト化するのが役割ですが、時にはオーラル・ヒストリーが行なわれていること自体、口外できないこともありますし、ましてや内容は当然口外できませんから、研究者以外の人とそこで知り得た知識を共有できません。時が経過して、研究成果が冊子化されたり、オーラル・ヒストリーで聞き取られた内容に基づいて研究者が論文や書籍を書いたりすると、ようやく自分の仕事が世の中と共有できたような気持ちになります。
テープ起こしをする時点で内容がわかっていてもわからなくても、「わかったように」文章を文字化しなければなりません。例えば「ほしつ」と聞いて、それが「内閣官房副長官補室」であるとわかったとしても、それだけではその役割や性格等を「イメージ」できません。そして、そのようなケースは少ないないのです。綿密な資料が事前に用意されていて、自分で調べる必要がほとんどないような場合でも、専門家の話す話を、専門家でない人間が同レベルで理解できるはずがありませんから。
とはいえ、個々の事象、個々の分野の専門的知識等々を深く理解するところまでは望めなくとも、話し手の意図をくみ取ったうえで正しく(意図や主張を損なうことなく)文字化するためには、語感、文脈、ニュアンスなどを承知していることが求められます。
というわけで、例えば内閣官房回りの話が出てくれば、検索上位に出てくる範囲のことはざざっとひととおり斜め読みして、大切な情報をピックアップして、周辺の事柄についての相場観がそれなりにできていくよう努めます。
そうやって調べていたら、内閣官房全体の概要も含み、「補室」についてまとめられた文章を見つけました。ご興味のある方はこちらをどうぞ。「内閣官房副長官補室に出向して (特許審査第三部金属電気化学 審査官 井上 能宏)」
【つるす】
このシリーズで「動詞」は珍しいです。今回ご紹介する「つるす」は、国会用語です。
国会とは、言うまでもなく国の立法機関(審議・議決を経て法律を制定する議会)のこと。非常にざっくり言うと、国会でなされているほとんどのことが、ひたすら法律の制定である、とも言えます。議会制民主主義の日本では、法案は国会で可決されることが必要です。当然のことながら、誰が提出した法案かによって、賛成者(政党単位で行動するのが普通です)が多かったり反対者が多かったりします。通常、与党と野党は対立していることが前提です。そして、政府・与党が提出する法律がかなりの数を占めています(閣法)。閣法以外には議員立法があります。
さて、法案が提出されると、その審議をどのような手順で行なうかということを議院運営委員会で審議し、決めることになります。簡単な手続きで審議が始まり、さっと採決まで行ってしまう法案もありますが、本会議で「趣旨説明」と質疑を行なってから委員会に付託する案件というのもあります。この「本会議での趣旨説明するように求めること」を「つるす」とか「つるしをかける」と言います。
与党に対立する野党の基本的なスタンスとして、「国会審議を遅らせること」が野党国会対策委員会の重要な仕事の一つとされます。「つるしをかける」ことによって、重要な法案の審議を遅らせ、時間切れをちらつかせるというのが、一つの戦術なのです。時間切れを避けたい与党に対して、野党側が得たいと願っている何らかの目標の成就をバーターに「つるしを解く」「つるしを下ろす」、というやり方です。「つるしが解かれ」た法案は、「趣旨説明」が省略されて委員会に付託され、審議が進みます。
国会のインターネット中継では、非公開が原則の委員会を除き、すべての会議の生中継が行なわれているそうです。必ずしもリアルタイムで見る必要はなく、オンデマンドで録画を見ることもできるとか。
通常国会に提出された法案はすべて、与野党の力関係がせめぎ合うなかランク付けされます。法案のランク(求められる審議過程)の内容については別途書きます。